東京地方裁判所 昭和27年(ワ)931号 判決 1960年4月30日
原告 野水工業株式会社
右代表者代表取締役 野水文治
右訴訟代理人弁護士 鹿野琢見
被告 株式会社永井鋼材商店
右代表者代表取締役 永井幸雄
右訴訟代理人弁護士 津田騰三
主文
原告の請求は、棄却する。
訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
≪省略≫
理由
(争いのない事実)
一、株式会社飯田鉄店は昭和二十七年一月二十一日その所有にかかる本件鋼材を被告に売り渡したが右売買において飯田鉄店が本件鋼材を寄託中の望月海運株式会社あてに右鋼材を被告に引渡すべきことを指図する旨を記載した本件オーダーを発行し、被告が右オーダーの所持人となつたことは、当事者間に争いがない。
(原告が本件オーダーを取得するにいたつた経緯)
二、成立に争いのない甲第四号証、第六号証の一、二、及び乙第二号証から第四号証、第十二号証、第十六号証、第十七号証、第二十号証の一、二並びに証人金原祥文、同桜井伝作、同野水富平の各証言及び被告代表者永井幸雄の本人尋問の結果(但し、証人野水富平の証言については後記措信しない部分を除く。)を綜合すると、
(一) 原告は、昭和二十七年一月中旬頃から自己の工場で使用する鋼材を求めていたところ、同月二十日、ブローカー金原祥文から直径十三ミリの丸棒鋼材二十トン余りがあるとの話を聞いて現物を見ることとなり、翌二十一日、原告会社社員渡辺省吾が右金原及び桜井伝作、竹間某、八木通喜らのブローカーと共にその鋼材を斡旋する大洋産業株式会社に赴いたこと。
(二) 一方、大洋産業株式会社では、取引先である相沢明から鋼材の売物の間い合わせがあつたので、同月二十日頃、被告に照会したところ、被告が株式会社飯田鉄店と交渉した結果、飯田鉄店から望月海運株式会社に保管中の本件鋼材を売却してもよい旨の承諾を得たので、代金は現金回収後直ちに支払う約束で、被告が本件鋼材を買い受け、本件オーダーの発行を受けて、その所持人となつていたこと。
(三) 前記渡辺らの一行は、大洋産業株式会社社員宮崎正から紹介された被告会社社員永井常保の案内で、望月海運株式会社倉庫に赴き、本件鋼材の検分をすませたが、その際、右永井から関係者に本件オーダーが示され、それが真正なもので直ちに本件鋼材の引渡を受けられるものであることが確認されたこと。
(四) 渡辺は、ひとまず帰社して原告会社常務取締役野水富平と協議したのち、金原らのブローカーを順次通じて、本件鋼材を買い受けたい旨申し入れ、結局、翌二十二日、望月海運株式会社倉庫で現金引換えに取引をする話合ができたが、この取引には多数のブローカーが仲在していたため、原、被告とも、相互にこの売買の相手方が誰であるかについては明確に認識していなかつたこと。
(五) 翌二十二日朝、被告会社社員永井常保は、本件オーダーを持参して、大洋産業株式会社社員宮崎正にこれを手交し、宮崎はさらに、これを八木に手渡し、八木は、本件鋼材買受けのため前記望月海運株式会社倉庫に来ていた原告会社常務取締役野水富平に右オーダーを示し、野水は、八木立会いのもとに、倉庫に対してこれを示してその真正であることを確かめ、さらに現物を確認したうえ、八木と本件鋼材の売買契約を締結し、本件オーダーの交付を受けたこと。
(六) 野水は、オーダーを望月海運株式会社倉庫係員に手交して、本件鋼材の積出しを開始したところ、八木が代金の支払を要求したので、同人に代金概算七十万円を支払つたが、八木は、これを宮崎ないし永井に手渡すことなく、そのまま逃走してしまつたので、被告は、望月海運株式会社に要求して本件鋼材の積荷を中止させたため、原告は、本件鋼材の現実の引渡を受けることなく終つてしまつたこと。
を認定しうべく、右認定に反する甲第四号証(渡辺省吾の尋問調書)の記載及び証人野水富平の証言部分は措信しがたく、他に、これを左右するに足る証拠はない。
(オーダーに関する商慣習)
三、原告は、「一般に、鋼材の取引において、本件のようにオーダーが発行されたときは、その鋼材の売買はオーダーの授受によつて行われ、買主は売主からオーダーの引渡を受けることによつて、その鋼材の所有権を取得し、オーダー名あて人である倉庫業者は、その所持人に対してその鋼材を引き渡すべき義務を負うものとする商慣習が存し、原告は、その商慣習に従つて、本件オーダーの引渡を受けたのであるから、これにより本件鋼材の所有権を取得した旨」主張するが、本件における全立証によつても、原告主張のように、オーダーの引渡により鋼材の所有権を取得するものとする商慣習の存在を肯認することはできない。すなわち、成立に争いのない甲第七号証及び乙第十九号証、第二十号証の三、四を綜合すると、「鉄鋼材は相当の重量を有し、運搬が容易でない関係上、鉄鋼業者又は鉄鋼問屋間においては、その鉄鋼材取引につき、売買の都度これを移動する運搬のための手数と費用等を省くために、現物は倉庫に保管を託したままで、寄託者である売主が、受寄者である倉庫にあて、買主に現物を引き渡すべきことを依頼する旨記載した荷渡依頼書、荷渡指図書、出荷指図書等の名称を付した書面(通常、これらを総括して「オーダー」と呼ばれている。)を発行してこれを買主に交付し、右オーダーに「本依頼書は譲渡、質権その他一切の担保権の目的となすことを禁ず」等と譲渡禁止文言が特記されない限り、買主がさらに第三者に転売する場合には、オーダー発行者に何らの通知もせずに、オーダーをそのまま第三者に交付し、以後鋼材の譲渡に応じて順次同様にオーダーが交付され、最後に現実にその鋼材の引渡を欲する買得者が、オーダーを受寄者(倉庫)に呈示して、現物の引渡を受ける商慣習が事実上行われているが、他面受寄者は、物件の引渡がすむまでにオーダーの発行者又は買受人からオーダーによる出庫差止の通報があつたときは、出庫を止めることを慣習としていることが肯認される。しかして、これらの事実によれば、オーダーは、寄託者が受寄者に対し寄託物の荷渡の指図を通知する書面に過ぎないが、受寄者は寄託者に対する関係でその指図に従い寄託物を引き渡す義務を負うところから、オーダーが発行されると取引当事者間においては、寄託物である鋼材の引渡に代えてオーダーを交付し、一方、受寄者は、オーダーによる指図の取消変更の通知がない限り、オーダーの所持人に寄託物を引き渡せばその義務を免れるという効果を生ずるものであることが窺われ、この限りにおいて、オーダーは、受寄者の引渡について、いわば免責証券的機能を営む書面であるということができるが、他面、この取引慣習においては、オーダーを所持しなければ実体上権利者であつても、寄託物である鋼材の引渡を受けられないというものではなく、この意味において、オーダーは、オーダーと寄託物引渡請求権とが一体化し、オーダーの交付によつてのみ権利が移転されるべき有価証券的な書面であるとは認めがたい。(この点において、寄託物の引渡請求権を表章する証券で、その交付によつて寄託物の引渡があつたと同一の効力を生ずるところの、いわゆる倉庫証券とは本質的に異るものといわざるをえない。)はたしてしからば、原告主張のようなオーダーに関する商慣習の存在を前提とする原告の主張は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないものというほかはない。(八木通喜の代理権限の有無及び表見代理の成否)
四、原告は、八木が被告を代理して本件鋼材を売却すべき権限を被告から授与されていたものであり、仮にそうでないとしても、同人は本件鋼材の売買契約の交渉、オーダーの授受、物件の引渡について代理権限を与えられていたから、原告が、八木が被告を代理して本件鋼材を売り渡す権限をもつているものと信じ、又そう信ずるにつき正当な理由があつた以上、表見代理の法理により八木が原告と締結した本件鋼材の売買契約は、被告に対して効力を生じているから、原告は売買によつて被告から本件鋼材の所有権を取得したものであると主張する。しかして、八木が、本件鋼材取引を周旋した大洋産業株式会社の宮崎を通じて、いわゆるブローカーとして本件取引に介入するに至つたこと前認定のとおりであるが、それ以上に、同人が、本件鋼材の売買、あるいは、その交渉、本件オーダーの授受、物件の引渡等につき被告を代理する権限をもつていた事実は、これを認めるに足る証拠はない。したがつて、八木に本件鋼材の売買ないしはこれに関連する事項につきなんらかの代理権のあつたことを前提とする原告の前示主張も、理由がないものといわざるをえない。
(むすび)
五、以上説示したとおり、原告の主張するいずれの理由をもつてしても、原告が本件鋼材の所有権を取得したものとは認められないから、原告の本訴請求は、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八十九条、第九十五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 三宅正雄 裁判官 枡田文郎 金沢英一)